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サークル:組写真

小林先生の写真ノート <Vol.11>

写真の神さま


またまた暗室のことで恐縮ですが、今回も暗室のことを綴ります。以前、デジタルカメラで撮ったデータからデジタルネガを作り、バライタ紙に密着焼きで銀塩プリントを作る話をしましたが、その続き。

このデジタルネガからバライタ紙へのプリント、かなり難易度が高いことが次第にわかってきた。当初は、フィルムからプリントするのとそう変わらないと甘く考えていたのだが、実はそう甘いものではなかった。壁は高かった。ラボによってはこの方式のプリントを断っているところもあると聞いた。理由はやはり難易度が高く、扱いにくいからだという。

 何が難しいのか。まずは、デジタルネガを作ること。透明な専用の用紙(透明のフィルム)にインクジェットプリンターでプリントするのだが、ネガ作りでまずはつまずく。この部分を試行錯誤したことは以前、触れた。かなり苦戦したが、それでも加工ソフト上で、トーンカーブをどんな曲線にすればいいのかのコツがわかってきた。
当初はこれがうまくいかず、そのために暗室作業を丸々1日無駄にしたりもした。暗室はレンタルのため、その場でデジタルネガに不備があっても、作り直すことができない。以前は自分の事務所に暗室を持っていた。いまも持っていれば、即作り直して、やり直すこともできたのに・・・などと夢想したが仕方がない。

さらに、厄介なのはインクジェットプリントには肉眼ではなかなか見えないムラや筋が出ることがある。完璧なデジタルネガを作ったはずだったのに、実際にプリントすると筋が浮かび上がる「悲劇」が何度かあった。特に空の部分にそれが出やすいというか、目立つ。建物とか植物などの被写体の部分は絵柄があるので隠れてしまう(正確には目立たなくなるだけ)のだが、青空とか夜空の部分は隠しようがない。

さらにニュートンリング。おそらく耳にしたり、実際に見たことがある方は少ないと思うが、フィルムからのプリントの際も何度か悩まされたことがあった。ガラスが両側についたネガキャリアでフィルムを挟むと、細かな輪っかみたなものが発生して、それがそのまま印画紙に写り込む現象。

今回それが出てしまった。印画紙の上にデジタルネガを置いて、さらにガラスで押さえつけるのだが、ガラスとデジタルネガのあいだにそれが生じた。何故、ニュートンなんて名称がついているのか?あのニュートンが発見したのか?万有引力と関係あるのか?なんて考えながらも、どうすることもできない。その試行錯誤で1日潰れてしまった。
同じデジタルネガ。夏には出なかったのだが、冬になったら出た。不思議だが、どうやら湿気と大きく関係しているらしい。そこでデジタルネガの表面とガラスに息を吹きかける。すると、不覚にも唾液が飛んでデジタルネガがThe Endをむかえ、さらなる「悲劇」がここでも生じた・・・。

その一方で、この苦戦をどこか楽しんでいる自分に気がついた。普段はほとんどデジタルカメラしか使っていないので、この体感、身体感とでもいおうか、化学実験の端っこのことをしている気分とでもいおうか。コントロールできない領域を眼前にしてあたふたしている自分。フィルム時代の写真には、この「聖域」があったことを久しぶりに思い出す。
すると自然と写真の神さま、なんて言葉も浮かんでくる。そういえば、私はかつて、年末になると暗室の引き延ばし機に一年の感謝を込めて「しめ縄」をかけていた。

そもそもデジタルネガからバライタ紙にプリントすることになったのは、年明けすぐに予定されている個展のためだ。ギャラリーの女性は私にこう言った。
「うちのギャラリーは銀塩プリントしか扱いません」
そうだろうなとは思っていた。コマーシャルギャラリー(作品を販売することを主な目的としている)だからだ。インクジェットがフィルムと同じ、あるいはそれ以上の高い性能があっても、写真コレクターの多くはいまも銀塩プリントの方により価値を置く。それはコントロール不能の「聖域」があることと深く関係している気がしている。(小林紀晴)

 

 

小林紀晴写真展「Asia Collection 1991-2024」のご案内

小林先生がアジアに旅立ったのは1991年、23歳のとき。それから現在まで継続的に旅を繰り返しています。2024年までの34年間に撮影した多くの作品(ビンテージ・プリント、新作含む)からセレクトし、展示、販売します。作品はすべて銀塩プリント。トークショーの開催も予定されていますので、詳しくはギャラリーWebサイトをご確認ください。

会期:2025年1月9日(木)〜1月25日(土)
日程:11:00〜19:00 日曜・月曜・祝日 休廊
場所:ギャラリー冬青
〒164-0011 東京都中野区中央5-18-20
TEL:03-3380-7123(代)

FAX:03-3380-7121
※JR中央線・総武線・地下鉄東西線中野駅南口より徒歩12分
※地下鉄丸ノ内線新中野駅1番出口より徒歩6分
トークイベント(要予約)
Vol.1 :2025年1月11日(土)16:00~17:30  池谷修一(写真編集者)×小林紀晴
Vol.2 :2025年1月18日(土)16:00~17:30   渡部さとる(写真家)×小林紀晴

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