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サークル:組写真

小林先生の写真ノート <Vol.6>

暗室 その1

 
久しぶりに銀塩プリントをするために暗室に入った。何年ぶりだろうか。少なくとも最後に入ったのはコロナ禍以前だから4、5年ぶりだろうか。18歳の頃から30年近く自室、あるいは事務所に暗室をもっていた。学生の頃はいわゆる「座敷暗室」だった。畳の上に引き延ばし機を直接置いた。作業するときは同じく畳の上に新聞紙を敷いて、その上に現像液などのバットを並べて、正座してプリントした。いま思い返せば冗談みたいだが、本当の話だ。

学生時代はつねに金欠だったので、いつも欲しいと思いつつ結局タイマーを買わなかった。頭のなかで「1秒、2秒、3秒・・・」と数えながら露光時間を計った。だから、毎回、微妙に違う上がりになってしまい苦労した。

現在、暗室をもってはいない。4年ほど前に事務所を引っ越した時に引き払ってしまったのだ。これからはデジタルで行こう、行くしかない、という気持ちだった。過去に特注して作ってもらった塩化ビニール製の流しもあっという間に解体された。それを目にした際、これまでの自分の写真は終わった、という思いが急に突き上げてきた。自分でも意外だったが、その思いはいまも変わらずある(いってみれば今は第二次写真人生)。

だから、プリントする時はレンタル暗室へ行く。今回は、デジタルカメラで撮影したデータからモノクロのデジタルネガを作り、それをバライタ紙にプリントをするためだ。初めての体験だった。

デジタルネガとはデジタルカメラで撮影した画像をパソコン上で画像ソフトを使って反転させ「ネガ」にした後、専用の用紙(透明のフィルム)にインクジェットプリンターでプリントして制作できる。反転するのはそう難しいことではない。ただ、単純に反転すると、調子があると思っていたところに調子がなかったりする。さらにインクジェットプリンターでプリントアウトすると調子の「山」がほとんど見えなくなっていたりする。最適なネガ作りのために試行錯誤している。こんなんで大丈夫か?と正直、不安になるが、私のまわりでこの方法に詳しい人は見当たらない。聞いてみたいが教えてくれる人がいない。暗室に入ってからではデジタルネガを作り直すこともできない。だから、トーンカーブを上下させて、濃度、コントラストなどを微妙に変えたデジタルネガを複数枚作って臨んだ。

幸いレンタル暗室のプリンターの方(20年以上の付き合い)はデジタルネガから印画紙へプリントした経験があり、始める前にいくつかポイントを教えてもらった。分厚いスポンジを用意していてくれて、その上に印画紙を載せてやるのがいいという。なるほどである。その上にデジタルネガ、最後にガラス順で被せていく。ベタ焼き(コンタクトプリント)をとる要領と同じだ。

灯りを落とす。流しの水道の蛇口からチョロチョロと漏れる水の音が際立って聞こえる。赤黒い光だけが手元を照らす。私は印画紙が入った箱の封を切り、慎重にそれを開ける。手が迷わず動き出す。考えなくても動作が勝手に始まるという感じだ。ああ、身体は忘れていなかったのだ。ふと嬉しくなる。(次回に続く)(小林紀晴)

デジタルネガを窓ガラスに貼り付けて、東京の街を望んでみた。
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